天気は最悪だけど少し歩いて

Le 19/01/2024

天気は最悪だけど少し歩いてみるか。迷子にならない程度にね。

当てもなく歩いているようで本当は違う。

視線は何かを探してる。足も誰かを探してる。

来ちゃった。」

川の水面に出来る波紋を橋の上からぼんやり眺めた。

淡い期待が三津をここまで歩かせた。

ここに来たから会える訳でもないのに,瘦面botox もう少し,もう少しだけと橋の上に佇む。

袴の擦れる音がする度に,顔を上げて傘から相手の顔を覗くけど,三津が会いたい人じゃなくてがっくり肩を落とした。

どれくらいそうしていたか。

流石に雨に濡れたせいで体が冷えてきた。

『もう帰ろう。』

別に待ち合わせをしてた訳じゃないし,会える確証があった訳でもないし。

自分が勝手に会えそうな道をふらりと歩いて,思い出の場所にやって来て,勝手に立ってただけ。

それでも自分の気持ちに素直になって,会いたいと思ったら,もう立場なんて関係ないと思った。

どこに居るか分からないけど,見つけたいと思った。

思うよりも体が先に動いてた。

『長州藩邸ってどこにあるんやっけ?』

ちゃんと場所を聞いて覚えてたら良かった。

自分では見つけ出す事は出来ないのだろうか。

前みたいに町で偶然出くわせたらいいのに。

限られた三日間でもし会えたなら,運命かもしれない ――

『でも,そんな上手くいく程人生甘くないよなぁ。』

雨に濡れた体をぶるりと震わせた。

やっぱり今日は帰ろう。これで風邪を引いて明日を無駄にしたくない。

後ろ髪を引かれながら歩く帰り道。

三津が完全に呆けて歩いている所でしっかり腕を掴まれた。

「え!?

驚いたのも束の間,相手の顔を確認する事も出来ず,口を塞がれ,長屋と長屋の隙間の細い路地に引きずり込まれた。

『またや。油断した。』

手から離れた傘が足元で転がる。

怖いと言うより,うんざり。

また土方の女と間違えられてるんだろうから。

だけど違和感も感じた。

身動きは封じられてるのに,何かが違う。

羽交い締めじゃなくて,何だか包まれてるような不思議な気分だった。

脅し文句も言って来ない。刃物もちらつかせない。

目的が全く見えなかった。

すると耳元でふっと笑ったのが分かった。

顔のすぐ横で息づかいを感じる。

だぁれだ。」

三津の耳に甘い声が響く。

   だぁれだ

何てふざけた奴なんだ。

肘で思い切り腹を突いてやろうか。

って,普通なら思うんだけど何かが違う。

口を塞ぐ手も体の自由を奪う腕も,ほんのり優しい。

自分を愛おしむように,頬をすり寄せている。

『もしかして。』

もしかしたらもしかする?

三津は恐る恐る口を塞ぐ手に自分の手を伸ばした。

やっぱり体を抑えつけるつもりは無いらしい。

三津の腕はすんなり上がった。

そして口を塞ぐ手をそっと外した。

……桂さん?」

自信なさげに呟いた。

もし違ってたら,この身がどうなるか分からない。

期待と不安が入り混じって鼓動が早くなる。

立ち尽くしていたら,両腕でしっかりと抱き締められた。

さっきよりも腕には力がこもっていた。

耳元で呼吸を感じた。

「当たり。会いたかったよ三津。」

この腕の中で溶けてしまいそうな,甘く優しい声。

忘れかけてた温もりが三津を包む。

だけど,三津の頭の中は真っ白。こんな再会になるなんて。

「おお久しぶりです。元気でしたか?」

「元気だよ。ずっと探してたんだよ?」

三津の中で何かが弾け飛んだ。それは多分理性ってヤツで,きっと本能がそいつを追い出した。

ポーンと後ろから蹴飛ばして放り出したんだ。

『会いたかった?探してた?三津って呼んだ?』

理性が吹っ飛んだ頭の中は混乱状態。

桂の言葉がぐるぐる巡る。