天気は最悪だけど少し歩いてみるか。迷子にならない程度にね。
当てもなく歩いているようで本当は違う。
視線は何かを探してる。足も誰かを探してる。
「…来ちゃった。」
川の水面に出来る波紋を橋の上からぼんやり眺めた。
淡い期待が三津をここまで歩かせた。
ここに来たから会える訳でもないのに,瘦面botox もう少し,もう少しだけと橋の上に佇む。
袴の擦れる音がする度に,顔を上げて傘から相手の顔を覗くけど,三津が会いたい人じゃなくてがっくり肩を落とした。
どれくらいそうしていたか。
流石に雨に濡れたせいで体が冷えてきた。
『もう帰ろう…。』
別に待ち合わせをしてた訳じゃないし,会える確証があった訳でもないし。
自分が勝手に会えそうな道をふらりと歩いて,思い出の場所にやって来て,勝手に立ってただけ。
それでも自分の気持ちに素直になって,会いたいと思ったら,もう立場なんて関係ないと思った。
どこに居るか分からないけど,見つけたいと思った。
思うよりも体が先に動いてた。
『長州藩邸ってどこにあるんやっけ…?』
ちゃんと場所を聞いて覚えてたら良かった。
自分では見つけ出す事は出来ないのだろうか。
前みたいに町で偶然出くわせたらいいのに。
限られた三日間でもし会えたなら,運命かもしれない ――。
『でも,そんな上手くいく程人生甘くないよなぁ…。』
雨に濡れた体をぶるりと震わせた。
やっぱり今日は帰ろう。これで風邪を引いて明日を無駄にしたくない。
後ろ髪を引かれながら歩く帰り道。
三津が完全に呆けて歩いている所でしっかり腕を掴まれた。
「え!?」
驚いたのも束の間,相手の顔を確認する事も出来ず,口を塞がれ,長屋と長屋の隙間の細い路地に引きずり込まれた。
『またや…。油断した…。』
手から離れた傘が足元で転がる。
怖いと言うより,うんざり。
また“土方の女”と間違えられてるんだろうから。
だけど違和感も感じた。
身動きは封じられてるのに,何かが違う。
羽交い締めじゃなくて,何だか包まれてるような不思議な気分だった。
脅し文句も言って来ない。刃物もちらつかせない。
目的が全く見えなかった。
すると耳元でふっと笑ったのが分かった。
顔のすぐ横で息づかいを感じる。
「…だぁれだ。」
三津の耳に甘い声が響く。
だぁれだ … 。
何てふざけた奴なんだ。
肘で思い切り腹を突いてやろうか。
…って,普通なら思うんだけど何かが違う。
口を塞ぐ手も体の自由を奪う腕も,ほんのり優しい。
自分を愛おしむように,頬をすり寄せている。
『もしかして…。』
もしかしたらもしかする?
三津は恐る恐る口を塞ぐ手に自分の手を伸ばした。
やっぱり体を抑えつけるつもりは無いらしい。
三津の腕はすんなり上がった。
そして口を塞ぐ手をそっと外した。
「……桂さん?」
自信なさげに呟いた。
もし違ってたら,この身がどうなるか分からない。
期待と不安が入り混じって鼓動が早くなる。
立ち尽くしていたら,両腕でしっかりと抱き締められた。
さっきよりも腕には力がこもっていた。
耳元で呼吸を感じた。
「当たり。会いたかったよ…三津。」
この腕の中で溶けてしまいそうな,甘く優しい声。
忘れかけてた温もりが三津を包む。
だけど,三津の頭の中は真っ白。こんな再会になるなんて。
「お…お久しぶりです…。元気でしたか?」
「元気だよ。ずっと探してたんだよ?」
三津の中で何かが弾け飛んだ。それは多分理性ってヤツで,きっと本能がそいつを追い出した。
ポーンと後ろから蹴飛ばして放り出したんだ。
『会いたかった?探してた?三津って呼んだ?』
理性が吹っ飛んだ頭の中は混乱状態。
桂の言葉がぐるぐる巡る。