結局、尾形は会津ですごした後、熊本にかえって私塾を開いたという。
かれは新撰組の隊士であったことを、けっして話すことはなかったらしい。
大正二年に、瘦面botox その生涯を閉じる。
「迷ったのですが、結局ついてきてしまいました。なにか、虫の知らせみたいなものがあったのかもしれませんね」
かれは、そういうと肩をすくめた。
なんとなくわかるような気がする。
もっとも、いまさらであるが。
まあ、かれがいてくれてよかった。ということで、おれのうっかりをごまかしておくことにする。
「近藤局長の存在がおおきすぎました。いえ、副長がどうのというわけではありません。実際のところは、副長がすべての采配を行っているのですから。ですが、その存在ですよね。うまくいえませぬが、近藤局長がいらっしゃるからこそ、新撰組の隊士としてどんなことでもやってこれたのだと思います。その近藤局長を喪ってからは、どこかこう士気というか意欲というか、そういう何か根本的なものがなくなってしまったように感じるのです」
「俊太郎の申すとおりだな。それは、だれにでもいえることではなかろうか。そうだとすれば、近藤局長とは幼馴染、否、それどころか兄弟のごとき存在の副長なら、さらにヤル気や意欲をなくしているのではなかろうか」
中島の言葉に、尾関もうんうんとうなずいている。
「副長、ずいぶんとかわりましたよね。京にいたころは、新撰組をまとめるのにわざと厳しく装っていたのかもしれませぬが、いまとは全然ちがいますし」
「まっ、副長が昔のまんまだったら、この中の半分は切腹を命じられてこの場におらぬだろうな。無論、わたしも切腹組だ」
尾関の発言につづき、蟻通はそういってから苦笑した。
「八郎さんや法眼、それから永倉先生、原田先生、斎藤先生は、副長が死にたがっているようにみえる、とおっしゃり懸念されています」
「そうだな。わたしもそのようにみえる」
中島がおれに同意すると、尾形と尾関もうなずいた。
だれもが、副長が死にたがっているようにみえているんだ。「副長は死にたがっているとしても、たま先生は?たま先生が死にたがる理由がわかりません」
「そうですよ。どうしてたま先生が死にたがるんですか?だって、たま先生は近藤局長と幼馴染でもなければ兄弟みたいなものでもないでしょう?」
市村につづいて、田村が尋ねてきた。
それをきいた瞬間、はっとした。
『近藤局長とは幼馴染でも兄弟のようなものでもない』
たしかにその通りである。
しかし俊冬は、俊春やおれ以上に局長と因縁というかつながりがある。
まさか、それが理由で?
おれだけでなく、蟻通や伊庭ら大人たちは気がついたらしい。
「ぽち、そうなのか?それが理由なのか?」
俊春の方を向き、かれに問いを投げていた。
子どもらも含め、全員が俊春をみている。
だが、俊春はそのを避けるようにうつむいてしまっている。
相棒がそのかれの頬を鼻先で突いた。
いまのは、耳のきこえぬ俊春に注意をひいたわけではない。
力づけるというか、答えるよう促すというか、兎に角そういう感じなのだろう。
「それもあるかもしれない。だけど、それが本当の理由じゃないと思う。ぼくにもわからない。かれは、最初からそのつもりでいた。この時代にきて土方歳三をみてから、かれは影武者になることが自分の使命だと思いこんでいる」
「ぽち、ちょっとまてよ。まさか、それも親父に恩を返すための一つだというのか?ということは、おれか?おれのせいなのか?」
自分でも極論だということはわかっている。
それでも、そう思わざるをえない。
俊冬は、近藤局長の斬首をおこなった。そのせいで、かれはから離れたがった。が、副長がそれを止めてくれた。俊春の存在もおおきいだろう。それから、おれの存在も。
近藤局長のことが理由の一つだとする。そして、もしもそれ以上の理由があるとすれば、あとはかれらの恩人である親父にまつわる、ぶっちゃけおれが理由だとしか思い当たらない。
「きみも理由の一つかもしれない。だけど、それも理由の一つというだけだ」
俊春がじゃない。狼の遺伝子をもつぼくらは、普通のの寿命ほど生きることができない」
「なんだって?」
驚きである。たしかに、狼は人間ほど生きることはできない。かれらがどういう状況の狼の遺伝子を使われたかはわからないが、野生の狼なら平均寿命は五年から十年。飼育されている狼のそれは、十五年ほどである。
野生の狼の平均寿命が短いのは、他の動物同様幼齢期に死ぬことが多いからである。
だが、かれらは狼の遺伝子は継いでいても、人間として生まれてきている。それがイコール狼の寿命につながるのだろうか。